2014年5月31日土曜日

2014土佐乃国横断遠足 (室戸岬-足摺岬 242km)  (その6 ・完)

土佐乃国横断遠足 つづきです。

2014年5月25日(日) 午後8時頃

ついに室戸岬から足摺岬まで走破してゴール。
高知市内でコースを間違え、土佐清水に入ってからもコース間違えや逆走をしてしまい、250km以上走ったり歩いてしまったことになりました。

ゴール地点では、動けなくなり、その場でうずくまってしまいました。

その後、車で、本日の宿舎である足摺岬区長場に移動して、しばらく横になって休みました。

30分ほど休んだらあやふやな意識も回復して、元気になりました。

それから、温泉に入って、食事もハヤシライスや刺身料理も、普通にぺろっと平らげてしまいました。

さすがに、眠気があり、早めに就寝しましたが、翌朝も、普通に朝食を頂いて、昨日のゴール直前の状態が嘘のようです。

 レース中の3日間は、好天に恵まれましたが、翌日は大雨でした。


帰り、意識を失っている地点のコースを逆走しましたが、やはり、記憶があいまいでした。


足摺岬から3時間半、高知駅に到着して、事務局の方、242km一緒に走った仲間とここでお別れとなりました。


高知、最後の食事は、やはり魚料理にしました。


高知龍馬空港は、悪天候で飛ぶか分からないと言われましたが、何とか予定通り、飛んでくれて、月曜夜に東京に戻りました。


東京でも、食卓は、四万十川の青さのりに、鰹生節です。


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最後は、坦々と242kmをゴールして、47都道府県制覇を決めたかったのですが、まさか、このようなことになるとは、思いもしませんでした。

結局、最後は睡眠不足で、こうなったのかと思ったのですが、
極度の疲労で無汗症になるとともに、眠気防止のためカフェインなどを摂り過ぎて利尿作用がはたらき、脱水症状を起こして、意識障害が生じていたようです。

箱根駅伝のランナーが脱水症状で意識を失いながら走る光景をしばしば見てきましたが、まさか、自分がこうなるとは思いもしませんでした。

それでも無事にゴールに辿り着けたのは、本当にラッキーで、今思うと大事に至らなくてよかったです。

自分の不注意で、最後に一緒に走ってくれたランナーの皆様、事務局の皆様、サポートの皆様に、ご心配、ご迷惑をかけてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

大会自体では、これだけ、ランナーと運営側の距離が近く、仲良くなれるのは、大規模大会では決してできないことなので、今後も、高知には行きたいと思います。

これからも、走っていきたいですが、今まで以上に、今回のレースを教訓にサポートする側へも積極的に参加していけたらと思っています。

土佐乃国横断遠足(動画)



タイム 58時間48分
27km :    3:08 (奈半利)
60km :  8:12(夜須)
82km  : 12:05 (桂浜)
153km : 28:50 (クラインガルテン)
202km : 46:40 (四万十大橋) 

出走者21名
完走者17名(男性16名、女性1名、トップタイム38時間30分、48時間以内完走者4名)

参加賞:ポロシャツ、タンブラー

大会公式HP⇒  第1回土佐乃国横断遠足 
土佐の国横断遠足

2014年5月30日金曜日

2014土佐乃国横断遠足 (室戸岬-足摺岬 242km)  (その5)

土佐乃国横断遠足 つづきです。

2014年5月25日(日)午前10時30分過ぎ スタートから49時間30分 約210キロ過ぎ


頑張っているつもりが、残り距離がなかなか減らず、もどかしい状況です。
足摺岬をゴールしたランナーの帰りの車とすれ違い、応援を受けて、自分も絶対にゴールまで、という気持ちが強くなります。

暑くなってきたので、文旦ジュースの看板に引かれ、お店に立ち寄りました。


お店の方に、「室戸岬から足摺岬まで走っている途中」だということを伝えると、
「あなたの顔、見たことがある。確か、昨日の新聞に載っていた。そんなレースの記事だったと思う。」
昨日の新聞は見ていないし、スタート地点で新聞記者は来ていなかったので、おかしいなあと思ったのですが。。。。

その後も、「石川遼選手と同じ年ぐらい?」「いや一回り違いますよ」とか、何とも面白い話が展開した上に、小夏まで頂いてしまいました。


初めてなのに、初めてでない感覚。睡眠不足で、
夢と現実が区別つかなくなり始めていました。

しばらくして、215キロのゴール前、最後のコンビニに到着しました。


ここでは、さきほど頂いた小夏に、パン、ロールケーキなど食べて、ラストに備えました。この時点で、25日の正午を過ぎていて、午後4時〜5時ぐらいにゴールできればいいなと思いつつ、歩を進めていきました。

午後12時11分、この写真を撮ってから十数分後、


上り坂を上っている最中、突然、「寝るな」という声が微かに聞こえたあと、意識を失いました。

そして数分後、目を覚めると、
「今、何をしているのか?」
「何のためにここにいるのか?」全く理解できなくなっていました。

しばらくして、「足摺岬まで目指していること」は、思い出すのですが、
まだ、ゴールしていないことが分かると、どうしたらよいのか、急に頭の中がパニック状態になりました。

時間的感覚がなくなり、ゴールしていないのなら、テレビのダイジェスト放送のようにゴールすればよい など、普通の考えができないようになっていました。

自分が自分でない感覚、とても、気持ちの悪い感覚がしばらく続いて、再び、眠りに入り、起きて、また、不思議な感覚におそわれる、そんな状況が続きました。

夢と現実が判断つかない状態で、ほっぺをつねったり、たたいたりして確かめる。(ドラマやアニメの世界だけだと思ったのですが、まさか自分がするとは思いもしませんでした。)

写真を撮って現実か夢か判断していました。
とりあえず、制限時間まで歩けば、何とかなると、分かるようになり、歩いていきますが、意識がはっきりしたり、薄らいだりの状態が続き、歩いている姿は、かなりフラフラしていたようで、通行人からも「大丈夫」と声をかけられました。

それでも、本人は、ただ眠いだけだと思っているので、「大丈夫」と返答していました。

事務局の観察車も、声を掛けて頂き、「大丈夫、眠いだけです。」と返事していましたが、途中、コースの逆走もしていたようです。

そんな中、何とか歩き続けていましたが、大岐区長場の駐車場で眠りに落ちてしまいました。

しばらくして、ランナーのサポートとリタイアしてランナーが私に気がついて、声をかけて頂き、栄養補給ジェル、水などを頂き、回復しました。

再び、歩き始めるのですが、まだ完全に回復したわけではなく、地図は読めなくなっていました。

直進すべきところを、左折してしまい、大岐海岸の松林に入ってしまいました。

さらには、薮の中に入り、完全に迷路に迷い込んでしまいました。


何とか、コースに戻る道を見つけ出して、大きな通りに出ようとしたところで、
おばあさんが、いきなり、小夏を3つ、「これどうぞ」と渡してきました。
断ることもなく、私も受け取ってしまい、小夏3つ持ちながら、歩くことになりました。

謎のおばあさんからの「小夏」、これは、現実か夢か、また不思議な出来事に遭遇して、パニックになっていたところ、

ランナーのサポートをしていた方の車に遭遇して、「最後尾の4人組が、間もなく来るので、合流したらよい」とご提案頂いて、小夏3つは預けて、合流することになりました。

今思うと、本当にラッキーでした。

ゴールまでは、残り15km
合流した段階では、意識がはっきりしていたのですが、歩き続けているうちに、また意識が薄らいできました。まっすぐ歩いているつもりが、フラフラ歩いているようで注意されます。


へんろ道を抜けて、最後は一本道ですが、ひたすら、同じところグルグル回っているのではないかという不思議な感覚で、やはり自分で判断できない状況になっていました。

残り10キロ、厳しい上り坂、下り坂が続きます。フラフラしていたのですが、足だけは動いていたので、何とかついていけました。

しかし、意識状況はまた、ひどくなり、応答もあやふやになってきました。

230キロ以上の距離を走って歩いてきて、自分のことで精一杯なはずなのに、ふらついている私の身体を支えながら、歩いてくれます。さらに、眠らないように、話かけて、意識を失わないように心がけて頂きました。
(その時は、なぜそうされているのか、理解できていませんでしたが。。)

暗くなりはじめて、ついには3度目の夜、ライトをつけることに、自分では点灯したつもりが、点灯してなかったり、自分では完全に判断能力は失っていました。

意識があいまいなおかげで、足の痛みはほとんど感じなくなっていましたが、長い下り坂を下りきって、ついに足摺岬のゴールが近づいてきました。

そして、とうとうゴール。
(しかし、人がいない?やはり、夢だったのか?)

予定より早く着いたので、事務局のゴールの準備がまだだったようで。。それは愛嬌ということで

事務局が到着して、改めて5人でゴール。

58時間48分。 制限時間の1時間12分前でした。

ついに、47都道府県制覇達成しました。

しかし、まだ、夢か現実か判断できていませんでした。

完踏賞を頂き、完走した実感が少しずつ湧いてきました。




その6へつづく
大会公式HP⇒  第1回土佐乃国横断遠足 
土佐の国横断遠足

2014土佐乃国横断遠足 (室戸岬-足摺岬 242km)  (その4)

土佐乃国横断遠足 つづきです。

5月24日(土)午後1時50分 (スタートから28時間50分)
結局、12番目、宿泊しなかった組では一番最後に第4エイドのクラインガルテン四万十に到着しました。

シャワーを浴びて、生姜焼き定食と豚汁を頂き、携帯電話等の充電をしつつ、仮眠をとりました。


3時間ぐらい寝ようと思ったのですが、1時間ほど寝たところで目が覚めてしまいました。
ゆっくり休みたい、でも、早くゴールしたい。この葛藤は自分だけでなく、他の方も見られ、早めにスタートしていく方が多かったです。

両足に大きなまめができ、赤い湿疹が見られ、足に相当な負荷がかかっているのを感じました。足のマッサージとまめの応急手当を受けて、十分、休憩をとってから、ゆっくり準備をして、夕方5時に再びスタートしていきました。


あと92キロ、制限時間までは29時間。
怪我や病気にならなければ、何とかゴールまで辿り着きそうな雰囲気です。

休憩したおかげで、足の具合もよくなり、いい感じです。


再スタートしても、いくつもの坂が続きます。

この後、道中、いくつもの看板を見ることになる塩けんぴで有名な四万十郷水車亭前を左折して、国道56号線に入りました。


途中、寄ったコンビニで、ドリンク剤を購入して、駐車場で休憩していると、主婦の方に、「足摺岬まで頑張って下さい」と声をかけられました。

途中、このようなことが何度かあり、本当に励みになりました。

峠をいくつか越えると、あたりが暗くなりはじめてきました。

ここで、ある異変に気づきます。
いつもは、大量の汗をかく方なのですが、全く汗が出ていません。
汗をかかないので、トイレの頻度も短くなっていました。

むしろ汗臭くならなくてよいと、この時は、そんなに深刻に考えていなかったのですが、まさか、このことがきっかけで、終盤、大事件が起きるとは思いもしませんでした。


コースは黒潮町に入りました。

名前は海を連想させるのですが、山道が果てしなく続いていきます。


道が狭くなり、周囲は真っ暗、交通量が多く、一人だととても怖く感じます。


足も再び痛くなり、時々休憩を入れつつ、進んでいきます。

久しぶりに明るい建物を見つけたのですが、この土佐佐賀温泉こぶしの里は、営業終了時間の21時になろうとしているところで、入ることはできませんでした。


再び、暗い狭い道が続き、途中、バス停のいすで、5分だけ仮眠をとったりしました。


長く続いた山道がようやく終わり、道が広くなって、建物が増えて、真っ暗で確認できませんが、海が近くなっているのを感じました。


そして、23時過ぎ、待ちに待った久しぶりのコンビニに到着しました。


おにぎりとカップ麺を調達して、じっくり休んで英気を養います。

土佐佐賀駅、横浜トンネル、ここは何県?という地名の場所ですが、ここも、初めてなのに、初めて来た感じがしない場所でした。 


ここからは、海沿いの道がしばらく続きます。
波音が心地よく、ウトウトしてきて、たまに、寝落ちしてしまっています。

真っ暗で景色が変わらないので、果たして、どれだけ進んだのか、進んでいないのか、全く把握できなくなってきました。

さらには、気がついたら、トンネル脇の階段に上がろうとしていたり、進行方向間違えて逆走しそうになったり、初日の夜以上に、二日目の夜はおかしくなってきました。

加えて、ガードレールや看板が、人間に見えたり、動物に見えたり、幻覚も当然のように見えてきました。

こんな深夜でも、私設エイドを出してくれている車があり、コーヒーを飲んで、再び、目を覚まして、進んでいきます。

午前3時過ぎ、鶏の鳴き声が響く、道の駅ビオスおおがたに到着、しばらく芝生の上で寝転んでいました。


暗くなってからずっと黒潮町の道と格闘していましたが、ついに夜が明けてしまいました。

曜日感覚は、もうありません。


数十分後、黒潮町を抜けて、やっと四万十市に入りました。




列車も動きはじめて、想定していた午前中の足摺岬のゴールも、不可能になりました。少しでも、早くゴールに行きたいのですが、思うようなペースで進みません。


それでも、道案内に足摺岬が、出始めて、ゴールが近づきはじめたことを実感します。


199kmのチェックポイントの古津賀交差点で写真撮影して、
前のコンビニで、朝食を購入。パンを食べながら、202kmの四万十川大橋のチェックポイントを目指します。


雄大な四万十川、予定より遅れたので、明るい時に見ることができました。



5月25日(日)午前7時40分。スタートしてから46時間40分。202キロのチェックポイントに到着しました。
ここには、事務局の方がいらしているので、少し身体を休めることができました。


この時点で、2人の方がすでに足摺岬のゴールに到着。
しかし、思った以上に、参加ランナー苦戦を強いられている様子、苦しいのは自分だけではない、そんな思いで、再び、走り?歩き始めました。



四万十大橋も高い場所にあり、下を見ると、恐怖を感じるので、前だけみて進んでいきました。


しばらく四万十川沿いの道、足は痛すぎますが、気持ちよい道です。

今まで、
室戸、奈半利、田野、安田、安芸、芸西、香南、南国、高知、土佐、須崎、中土佐、四万十町、黒潮、四万十市 
と走ってきて、
残すは、足摺岬のある土佐清水市だけです。

最後の力を振り絞ります。



四万十川に別れを告げて、高知の大文字山を横目に、足摺岬に向けて進みます。


しかし、このあたりから再び、睡魔が襲ってきて、ウトウトしながら、ゆっくり前へと進んでいきます。


そして、全長1620mの伊豆田トンネルに入りました。

今まで足が痛かったのですが、トンネルに入った途端、急に走れるようになって、快調に走っていきます。そして、今回3度目の初めてきた場所なのに、初めての気がしない。そんな不思議な感覚におそわれました。


長いトンネルを走りきると、ついに土佐清水市に入りました。



トンネルを走りきったら、また足の痛さが戻り、また下りを歩きながら、ドライブインに到着して休憩しました。


朝は涼しかったのですが、日差しが出て、急に暑さを感じるようになりました。しかし、汗はかいていませんでした。


ラスト30キロ強、
ここから、今までにない経験をすることになるとは、この時は思いもしませんでした。

その5へつづく
大会公式HP⇒  第1回土佐乃国横断遠足 
土佐の国横断遠足

ライザップ イングリッシュ

ライザップイングリッシュ

マラソンの記録

【フルマラソン】

◆男子世界記録 2時間02分57秒 デニス・キメット (ケニア) 2014年9月 ベルリンマラソン (2分55秒/km)

◆男子日本記録 2時間06分16秒 高岡 寿成 2002年10月 シカゴマラソン (3分00秒/km)

◆女子世界記録 2時間15分25秒 ポーラ・ラドクリフ (英国) 2003年4月 ロンドンマラソン (3分13秒/km)

◆女子日本記録 2時間19分12秒 野口 みずき 2005年9月 ベルリンマラソン (3分18秒/km)

◆自己記録  3時間37分32秒 2013年12月 青島太平洋マラソン(5分09秒/km)


【100km】

◆男子世界記録 6時間13分33秒 砂田 貴裕 (日本)  1998年6月 サロマ湖100kmウルトラマラソン (3分44秒/km)

◆女子世界記録 6時間33分11秒 安部 友恵 (日本) 2000年6月 サロマ湖100kmウルトラマラソン (3分56秒/km)

◆自己記録 12時間13分41秒  2009年6月 サロマ湖100kmウルトラマラソン(7分20秒/km)

【ハーフマラソン】
◆男子世界記録
 58分23秒 ゼルセナイ・タデセ(エリトリア) 2010年3月(ポルトガル・リスボン)(2分46秒/km)
◆男子日本記録 1時間00分17秒 設楽 悠太 2017年9月(チェコ・ウースチー・ナド・ラベム)(2分51秒/km)
◆女子世界記録 1時間05分06秒ペレス・ジェプチルチル (ケニア)2017年2月(RAKハーフマラソン・UAE) (3分05秒/km)
◆女子日本記録 1時間07分26秒 福士 加代子 2006年2月 香川丸亀国際ハーフマラソン) (3分12秒/km)
◆自己記録  1時間37分12秒 2013年11月 江東シーサイドマラソン(4分36秒/km)